第十三回 隠れ家でレトリート

塩田先生コラム 第九回
塩田 邦郎 先生のご紹介

東京大学名誉教授

1979年より製薬会社中央研究所、1987年より現在まで東京大学(農学生命科学研究科)、2016年から2020年まで早稲田大学にて研究されてきた。素朴な生物学の影を残した時代から、全生物のゲノム情報を含む生命科学の基礎と産業応用の飛躍の時代になった。本コラムでは大学や企業での経験も交えながら、専門分野のエピジェネティクスを含めた自由な展開をお願いしました。


第十三回 隠れ家でレトリート

 日本語ではなんというのだろう、レトリート(retreat*脚注)は軍隊が戦況をみて作戦を練り直すための一時退却、転じて適当な場所で一定期間行うミーティングも意味する。米国の大学を夏に訪問した時、近くのスキー場でレトリートを計画していると聞いたことがあった。

 各メンバーが広い視野・長期展望に立って計画や目標を問い直す、大・小グループで行われるミーティング、レトリートは数日間を費やして季節外れのリゾート地などで行うことが多いらしい。緊急性は低いが重要なことにどう向き合うか、を意識してのミーティングだ。

 今回のテーマは「急がないけど大事なこと」だ。単細胞生物でも多細胞生物でも水分・栄養の過不足、温度、浸透圧、pH、酸素分圧などの変動、あるいは外敵(ウイルスやバクテリア)の侵入などに際し様々な遺伝子発現のON/OFFが必要になる。外部からの刺激に直ちに反応して数分〜数時間以内に遺伝子発現からタンパク質合成まで一連の反応がおこる。

 例えば、グルコースを主な栄養源とする大腸菌は、グルコースの代わりにラクトースを加え培養するとそれを分解し生育できるようになる。フランスの分子生物学者ジャック・モノー(J. L. Monod、1910生まれ)らは、ラクトースを分解してエネルギー源として利用する一連の酵素群(複数の遺伝子が1つの調節領域で制御されるオペロン)が“オペレーター”と“レプレッサー”という相反する因子により制御される遺伝子発現調節モデル“オペロン説”を提唱した。オペレーターやリプレッサーによる緊急対応のための遺伝子ON/OFFスイッチだ。

 モノーがフランソワ・ジャコブ(F. Jacob)、アンドレ・ルボフ(A. Lwoff)らと「酵素とウイルスの合成の遺伝的制御の研究」によりノーベル賞をうけたのは1965年のことだ。

 その後の半世紀はオペレーターやリプレッサーなど各種の転写制御因子の探索と遺伝子発現調節が生命科学研究の大きな流れとなった。環境・外部刺激→<遺伝子スイッチがON>遺伝子発現(mRNA)→タンパク質合成→外部環境に対応の一連の反応ができるのだ。細胞が刺激を受けると数十分以内にDNA情報がmRNAに読み取られ、数時間以内にタンパク質が作られる。

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