第九十四回 桜とワイン

東大名誉教授・塩田邦郎先生コラム「エピジェネティクスの交差点」
塩田 邦郎 先生のご紹介

塩田 邦郎(しおた・くにお)
東京大学名誉教授
1950年鹿児島県生まれ。博士(農学)。79年東京大学大学院農学系研究科獣医学専攻博士課程修了後、武田薬品工業中央研究所、87年より東京大学農学生命科学研究科獣医学専攻生理学および同応用動物科学専攻細胞生化学助教授、98年より同細胞生化学教授。
2016年早稲田大学理工学研究院総合研究所上級研究員。哺乳類の基礎研究に長く携わり、専門分野のエピジェネティクスを中心に、生命科学の基礎研究と産業応用に向けた実学研究に力を注ぐ。2018年より本サイトにて、大学や企業での経験を交え、ジェネティクスとエピジェネティクスに関連した話題のコラムを綴っている。

桜とワイン

 外を見ると、春の気まぐれが桜吹雪を舞わせている。小雨の中、近所の高校の入学式に向かうのだろう、少し大きめの学生服の子と、晴れ着姿の親が並んで歩いている。桜は、卒業や入学の記憶を呼び覚ます。親子で暮らせるのは子どもたちが高校生まで、そう決めていたわけではないが、それぞれが巣立ち、気づけばもうすぐ二十年が経とうとしている。

 子どもたちがいなくなった部屋に、あちこちに積んであった本や資料を運び込んだ。大きめの本棚とリクライニングできる椅子を置き、隅には古いチューナーとスピーカー。壁紙だけは張り替えたが、部屋の形は子ども部屋のままの、“書斎”らしき空間ができあがった。

 “書斎”と書いてきたが、この広さでは“納戸”と呼ぶ方がふさわしいかもしれない。近年の新築マンションなら、テレワークにも使えるユーティリティルームといったところだろう。

 企業から大学へ転職し、大阪から東京へ移り住んだ。最初の住まいは、最寄り駅まで徒歩十五分ほど、都営三田線・板橋本町駅近くの、五十平方メートルにも満たない三DKの合同官舎だった。大阪で購入した七十二平方メートルの二LDKを手放し、この官舎に入ったのは三十代後半の頃である。しかし、これでは子ども部屋も確保できない。間取りを優先して探し、たどり着いたのが現在の郊外の住まいだ。

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