塩田 邦郎(しおた・くにお)
東京大学名誉教授
1950年鹿児島県生まれ。博士(農学)。79年東京大学大学院農学系研究科獣医学専攻博士課程修了後、武田薬品工業中央研究所、87年より東京大学農学生命科学研究科獣医学専攻生理学および同応用動物科学専攻細胞生化学助教授、98年より同細胞生化学教授。
2016年早稲田大学理工学研究院総合研究所上級研究員。哺乳類の基礎研究に長く携わり、専門分野のエピジェネティクスを中心に、生命科学の基礎研究と産業応用に向けた実学研究に力を注ぐ。2018年より本サイトにて、大学や企業での経験を交え、ジェネティクスとエピジェネティクスに関連した話題のコラムを綴っている。
第八十八回 秋を見に海へ
秋の気配を感じるこの頃、海を眺めたいと思う。春の海、夏の海、冬の海とも異なる、いつか見た秋の海が懐かしく誘っているような気がする。友人が島々を結ぶ橋の写真を添えた記事を届けてくれた。いつか高台から眺めたことのある、記憶の底に沈んだ海の景色だった。
子供の頃に親しんだのは東シナ海。少し大きくなって太平洋や日本海を眺めた。錦江湾、玄界灘、東京湾、駿河湾──それら大海へとつながる街で過ごしたり訪れたりしてきた。大西洋、地中海を目にしたのは、おそらく30代から40代にかけてだ。その後、カリブ海の島に数日滞在したこともある。
沢木耕太郎氏のエッセイに、年長の作家とのこんな会話がある。「もし家に本が溢れて困ってしまい、処分せざるを得なくなったら、すでに読んだ本と、いつか読もうと思って買ったままの本と、どちらを残す?」と問われた若者が「当然、まだ読んでいない本です」と答えると、作家はこう言った。「それは君が若いからだよ。だがね、実は本当に大事なのは、読んだ本のほうなんだ」と(『キャラヴァンは進む』新潮文庫)。




