第二回 進化と細胞とゲノム

塩田先生コラム 第九回
塩田 邦郎先生のご紹介

東京大学名誉教授

1979年より製薬会社中央研究所、1987年より現在まで東京大学(農学生命科学研究科)、2016年から2020年まで早稲田大学にて研究されてきた。素朴な生物学の影を残した時代から、全生物のゲノム情報を含む生命科学の基礎と産業応用の飛躍の時代になった。本コラムでは大学や企業での経験も交えながら、専門分野のエピジェネティクスを含めた自由な展開をお願いしました。


第二回 進化と細胞とゲノム

 人間を含む様々な生物は、共通の祖先から進化した(と考えられている)。なぜ(考えられている)とカッコつきなのか?というと、進化そのものを実験で確かめようがない為だ。しばらく前にアメリカ中西部で、最近ではインドで「進化論は学校教育に取り入れない」としてニュースになった。

 地球上の生命には共通祖先が存在したとする根拠は、①すべての生物で遺伝子としてDNAを持つこと、②DNAからの遺伝情報の読み取り方法が共通していることである。

(1)細胞の個性と没個性

 ヒトを含む哺乳類では、1個の受精卵から多数の細胞からなる体が出来上がる。哺乳類ではゲノムDNAに記された遺伝子の数は約2万〜3万である。受精卵が分割し2、4、8〜と数が増えながら(数が少ないうちはそれぞれが同じ性質を示すのだが)、数百の細胞数に達した時、内側と外側の細胞集団の間で性質の違いが生じ始める。細胞の個性が表れるのは、使われる遺伝子のセットが異なるためだ。

 受精卵のゲノムDNAの塩基配列を保ちながら、細胞の種類ごとに遺伝子セットが変化することで、最終的には、数百種類の細胞(神経、筋細胞など)からなる、膨大な数の細胞(ヒトでは大人で60兆個)を持った体ができあがる。一旦分化した細胞は(分裂して数が増えても)同種類の細胞であり続け、肝臓は肝臓、腎臓は腎臓というように組織・臓器を一定に保つ。重要な点は、それぞれの細胞が前の性質に逆戻りすることはないということである。このように「遺伝子セットの使い分け装置」は発生過程では変化するが、分化した細胞では維持される必要がある。この遺伝子セット使い分け装置は、“エピジェネティクス”メカニズムによる。その破綻は細胞の個性を失うことになる。

(2)ゲノムの安定と不安定

 ゲノムDNAがヒストンに巻き付きコイルとなり、そのコイルがさらに凝縮してコイルのコイルと密になって安定さが増す。逆に、裸のゲノムは最も不安定で、巻き付き方によってもゲノムの安定性が変わる。つまり。エピジェネティクスはゲノムを安定させる方向と不安定にする両方向に影響を与えるのである。DNAのヒストンへの巻き付き方はヒストンの(リン酸化、メチル化、糖化などの)化学修飾による。エピジェネティクスが傾くと、DNA自体が変化(変異や染色体異常)する機会が増すのだ。ゲノムDNAの変化には大・小がある。30億塩基からなるDNAの中の数塩基程度の小さな変化や、数百〜数億あるいは染色体レベルにわたる大きな変化である。

 多くの場合、DNAの変化は意味を持たないが、細胞や個体の致死性となる場合もある。ごく稀に体細胞や生殖細胞(卵子や精子)のDNAの変化が、環境の変化と相まって生存競争に打ち勝つ場合もでてくる。細胞や個体は危険を伴いながら、うまく変化した場合には新たな環境下で生き延びることになる。

 遺伝暗号はDNAにより運ばれることが明らかになったのは、つい70年ほど前のことである。進化を直接実験で確かめることはできないが、進化は昔から究極の生命科学のテーマであり続けている。

 

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