東京大学名誉教授
1979年より製薬会社中央研究所、1987年より現在まで東京大学(農学生命科学研究科)、2016年から2020年まで早稲田大学にて研究されてきた。素朴な生物学の影を残した時代から、全生物のゲノム情報を含む生命科学の基礎と産業応用の飛躍の時代になった。本コラムでは大学や企業での経験も交えながら、専門分野のエピジェネティクスを含めた自由な展開をお願いしました。
第四十五回 心・技・体の心
本番では力を発揮できない人がいる。私もその一人だ。テニスの最終セットでセカンド・サーブをまたも失敗、中盤まではサーブも入るしストロークもボレーも問題ない。しかし、最終局面でガタガタと崩れてしまう。本当は誰も気にしていないだろうが、「ダメだ!集中が足りん!トレーニング不足だ」とテニス仲間の声が聞こえる気がする。
しかし、本番でも実力を発揮できるのは、ほんの一握りの人だけではないのか?と開き直り少し安心する。冷静に周りを見渡すと、ほとんどの人は練習をサボっているわけではないが、メンタルの弱さが出るのだ。本番で弱い人は珍しくない。
縦・横・斜めに回転しながら青空に舞う平野歩夢選手、夏のオリンピックでもスケートボードで活躍した彼は、半年後の冬の北京オリンピックのスノーボード・ハーフパイプでも、世界初の大技トリプルコーク1440を決め優勝した。フロントサイド・トリプルコーク1440→キャブダブルコーク1440→フロントサイド・ダブルコーク1260→バックサイド・ダブルコーク1260→フロントサイド・ダブルコーク1260と流れるような5連続技だ。技名だけでも舌を噛みそうな複雑な組み合わせを、本番で成功させるには何か特別な事が起きているように思える。
テニスに限らずあらゆるスポーツで、心・技・体が揃って優れていることが重要だと言われる。技・体の習得は運動学習のカテゴリーに入る(第44回コラム)。反復練習により筋と神経の活動の対応がスムーズになり、感覚系と運動系の協応関係を伴う正確で円滑な運動が可能になるのだ。こうして運動学習によって“体が覚える”域に達する。