第十一回 ゲノムのゆとりはゆとりをもって

塩田先生コラム 第九回
塩田 邦郎 先生のご紹介

東京大学名誉教授

1979年より製薬会社中央研究所、1987年より現在まで東京大学(農学生命科学研究科)、2016年から2020年まで早稲田大学にて研究されてきた。素朴な生物学の影を残した時代から、全生物のゲノム情報を含む生命科学の基礎と産業応用の飛躍の時代になった。本コラムでは大学や企業での経験も交えながら、専門分野のエピジェネティクスを含めた自由な展開をお願いしました。


第十一回 ゲノムのゆとりはゆとりをもって

 ピペット・試験管などのガラス器具を洗う時間は実験の緊張から解放され、適度の満足感によるほっとした時間だった。別の実験台の仲間達も器具洗いに集まるから自然と意見の交換もできた。

 私たち人間を含む哺乳類の細胞は、大腸菌などバクテリアの約1,000倍ものゲノムを持つことを先に記した(第4回コラム)。不要なDNAを捨てながら生存に必要最低限の遺伝子だけのコンパクトなゲノムDNAでスッキリと生きている大腸菌に対して、哺乳類は遺伝子を含まない領域(非遺伝子領域、ゲノムDNAの98%)まで抱え込んでいる。しかし、余計なものを抱え込みグズグズと悩みもがきながら、ときどきほっとするサマセット・モームの小説のような人生も捨てたものではない。ゲノム制御の多層化は未来対応したゲノムの“ゆとり”と捉えてよいのではないか。大部分(ゲノムDNA の98%)を無駄と決めつけるのは、大腸菌側のかってな見方というものだ。

 非遺伝子領域が増えてしまったことに、DNAメチル化やヒストン修飾のエピジェネティクスの原点があるように思う。哺乳類など真核生物で発達したヌクレオソームをめぐるDNAメチル化とヒストン修飾によるエピジェネティクス系は、遺伝子発現のON/OFF以外に、ゲノムの修復や複製の制御など、何段階かのゲノム制御につながっている(これらは本コラム全体の主題でおいおい記すつもりだ)。

 繰り返し配列や外来遺伝子(ウイルス)などの非遺伝子領域は、DNAメチル化の標的となりヒストン修飾と相まって、DNA(2m)がヒストンに巻き付き膨大な数のヌクレオソームとなり、さらにコイルを巻いて凝縮し、直径約10ミクロンの核内に収納される。大腸菌と違い、エピジェネティクス系を発達させたことで、なんとか生き残ったのが哺乳類を含む真核生物である。大腸菌にはヒストンはなくヌクレオソームもない。

 母親と父親から各1セットのゲノム(1n)を受けとった細胞(二倍体細胞体:2nのゲノムを持つ)では、遺伝子は両方のゲノムDNAから発現する場合と、片側だけから発現する場合がある。発現した側ともう一方側で、エピジェネティクス状況が異なることで、細胞内の遺伝子発現量が適当になるように調節されているのだ。では、100倍以上のゲノムを持つ細胞だとどうなるだろう。2つの遺伝子の間の問題が、一挙に100遺伝子間の調整に変わることになり、遺伝子発現量の調節は二倍体細胞ほど、気楽ではないのかもしれない。

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