東京大学名誉教授
1979年より製薬会社中央研究所、1987年より現在まで東京大学(農学生命科学研究科)、2016年から2020年まで早稲田大学にて研究されてきた。素朴な生物学の影を残した時代から、全生物のゲノム情報を含む生命科学の基礎と産業応用の飛躍の時代になった。本コラムでは大学や企業での経験も交えながら、専門分野のエピジェネティクスを含めた自由な展開をお願いしました。
第四十二回 あなたもMVP
今年は、投手と打者の二刀流で野球アメリカンリーグMVPとなった大谷君、最年少記録を塗り替え4冠王となった将棋界の藤井君など、若い世代の大活躍にたくさんの人々が励まされた。ゲノムDNAが彼らの活躍に関係しているとしたら、私たちにもその可能性があるのではないか、人類史を遡ればひょっとすると見えてくるかもしれない。
私たちを含む哺乳類のゲノムDNAは遺伝子をコードした“遺伝子領域”と遺伝子の情報を含まない“非遺伝子領域”から出来上がっている。奇妙なのはタンパク質のアミノ酸配列をコードした重要な“遺伝子領域”はゲノムDNA全体のわずか2%程度に過ぎず、“非遺伝子領域”が残り大部分(98%)を占めることだ。
“非遺伝子領域”は役に立たないクズだと言われ、“ジャンクDNA”とも呼ばれていた。なるほど“非遺伝子領域”には過去に感染したウイルスなど外来生物に由来したDNA配列や進化の過程で壊れてしまった配列などが含まれ、一見すると無用の長物だ。
何故こんなに大量の非遺伝子領域がゲノムDNA内に維持されてきたのか?本当に無用なら、とうの昔に捨て去られてもよかったはずだ。長大なゲノムDNAを維持するにはエネルギーも手間もかかる。そのコストを払ってまでジャンクDNAを維持してきた理由があるはずだ。
ゲノムDNAは個体間で異なり、その差は0.1%程度でそのほとんどはジャンクDNAに存在する。個体間でDNAに差があるということは、どちらかで(あるいは両方で)変異したということだ。ゲノムDNAは約30億塩基対(長さにして約1mが2本)もあるから0.1%であっても変異は無視できない数になる。