東京大学名誉教授
1979年より製薬会社中央研究所、1987年より現在まで東京大学(農学生命科学研究科)、2016年から2020年まで早稲田大学にて研究されてきた。素朴な生物学の影を残した時代から、全生物のゲノム情報を含む生命科学の基礎と産業応用の飛躍の時代になった。本コラムでは大学や企業での経験も交えながら、専門分野のエピジェネティクスを含めた自由な展開をお願いしました。
第二十一回 高額医薬品(1)
2億3000万円の難病治療薬が話題となっている。希少性難病の脊髄性筋萎縮症タイプI(Spinal muscular atrophy type 1:SMA1)の遺伝子治療薬ゾルゲンスマだ。大手製薬企業ノバルティスファーマが米国バイオ・ベンチャー企業アベクシスを買収してゾルゲンスマの製品化に成功した。
脊髄性筋萎縮症はSMN1 (survival motor neuron 1)遺伝子の変異が原因で筋肉が萎縮す疾患である(New England Journal of Medicine 377;18 November 2, 2017)。生後6ヶ月までに発症し、呼吸補助を行わないと2歳頃までしか生きられない深刻な病気だ。遺伝子解析が蓄積されてきた現在では、単一遺伝子の異常による疾患は3,000〜5,000種とされ、複数の領域が関わる希少性疾患の総数は7〜8,000種にも及ぶともされる。
ゾルゲンスマは正常SMN1遺伝子を組み込んだアデノウイルス・ベクター治療薬で病気を根本から治すことが期待できる。難病患者やその関係者にとっては間違いなく朗報である。しかし、従来の薬に比べるとこの新薬はあまりにも高く、こんな費用を誰が払える?製薬会社や投資家の暴利だ!と、戸惑いや反発の声もある。
だが、企業にとってそれほど儲けがあるとは思えない。脊髄性筋萎縮症の患者は日本では約20名と極少なくゾルゲンスマは初年度約46億円の売り上げにしかならないし、治療は1回で完了するから、従来の大型薬の売り上げ(例えば、1,000億円/年で長期間)に比べると問題にならない。