第二十三回 歴史の証人、新型コロナウイルス感染禍の中で

塩田先生コラム 第九回
塩田 邦郎 先生のご紹介

東京大学名誉教授

1979年より製薬会社中央研究所、1987年より現在まで東京大学(農学生命科学研究科)、2016年から2020年まで早稲田大学にて研究されてきた。素朴な生物学の影を残した時代から、全生物のゲノム情報を含む生命科学の基礎と産業応用の飛躍の時代になった。本コラムでは大学や企業での経験も交えながら、専門分野のエピジェネティクスを含めた自由な展開をお願いしました。


第二十三回 歴史の証人、新型コロナウイルス感染禍の中で

 どうやら私たちは想像以上に脆弱な社会に生きているようだ。私たちは誰もが今まさに歴史の証人である。外出を制限して家に閉じこもり、人々との接触を避ける生活のなかで気づいた“あたりまえ”を、PCR検査を例にして記しておこう。

 新型コロナウイルス感染禍への対応について不思議に思うのは、PCR検査が少なすぎるという事実だ。多くの国が迅速に検査体制を整えた背景には、世界で流行ったSARSの経験も生かされている。しかし、日本ではSARS感染者数は限られ、海外のニュースとして紹介されたためか、他の国と比較してPCR検査数は桁違いに少ない。

 本コラムの読者には改めて説明するまでもないPCRと略されるPolymerase Chain Reactionは、キャリー・マリス(Kary Mullis)博士により発明された。ベンチャー企業(シータス社)の研究者であったマリス博士がノーベル化学賞を受賞したのは1993年のことだ。PCRは生命科学の広い領域(医学、農学、薬学、理学など)で、最近では高校生などを対象にした実習でも取り上げられるくらい、簡単だが信頼性の高いDNA増幅操作である。あまりにも手軽にPCR機器を操作できるから「サルでもできるPCR」と学生たちがはしゃいでいたのを思い出す。

 PCRの発明はマリス博士のすばらしいアイデアによる。ホンダ車を乗り回すサーファー、マリス博士の人柄やPCR発明の物語は「マリス博士の奇想天外な人生」(福岡伸一訳、早川文庫, ISBN978-4-15-050290-4 C1043)に詳しい。それを読めば、学生たちの「サルでもできるPCR」評を賛辞と受け取っていただけるだろう。

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