第七十回 桜雨

東大名誉教授・塩田邦郎先生コラム「エピジェネティクスの交差点」
塩田 邦郎 先生のご紹介

塩田 邦郎(しおた・くにお)
東京大学名誉教授
1950年鹿児島県生まれ。博士(農学)。79年東京大学大学院農学系研究科獣医学専攻博士課程修了後、武田薬品工業中央研究所、87年より東京大学農学生命科学研究科獣医学専攻生理学および同応用動物科学専攻細胞生化学助教授、98年より同細胞生化学教授。
2016年早稲田大学理工学研究院総合研究所上級研究員。哺乳類の基礎研究に長く携わり、専門分野のエピジェネティクスを中心に、生命科学の基礎研究と産業応用に向けた実学研究に力を注ぐ。2018年より本サイトにて、大学や企業での経験を交え、ジェネティクスとエピジェネティクスに関連した話題のコラムを綴っている。


第七十回 桜雨

 小雨が降り寒さの残る春の日、京浜急行で横須賀に向かっていた。途中で外を眺めると、上大岡を過ぎた辺りから、川沿いに満開の桜が咲いていた。京急久里浜駅からJR駅側の広場を背に歩き始めると、豊富な水量の平作川で何かが水面を揺らしている。カイツブリが潜水し餌を取っていたのだ。川岸にはペンキで描かれた魚や水鳥の鮮やかな絵と“命を大切に!” の標語が地元の小学生によって書かれていた。訃報が届いたのは、桜の満開まで はもう少しという今年(2024年)の3月末だった。あれからわずかに数週間、生き急いだかのように何枚かの桜の花びらが緑の川面に浮いていた。

 H博士から横須賀市市民大学講座の講師を引き受けてくれないかと、連絡があったのはもう4年も前の2019年末のことだった。癌のため入院し、この時期から闘病生活が始まったのだ。横須賀市生涯学習センター「まなびかん」で開始した市⺠大学講座「分子でひもとく生物の不思議」は、まだ第2回を終えたばかりだった。会場にはたくさんの聴講生が詰めかけており、H博士の人気のほどがうかがえた。聴講生の数だけは維持しようと代役を務めたのだが、第8回の最終回を迎えるまで復帰は叶わなかった。講義の様子を毎回伝えようとも思ったのだが、癌の標準治療を開始したばかりで電話で相談することも叶わなかった。また、ちょうど世界で新型コロナウイルス感染症がニュースになり、横浜の埠頭に係留された客船で新型コロナの発生が報じられていた頃で、最初は大きな騒ぎになるとは思われていなかったが、瞬く間にパンデミックになり、対面で話し合うことが難しくなった。

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