第四十四回 昔とった杵柄

東大名誉教授・塩田邦郎先生コラム「エピジェネティクスの交差点」
塩田 邦郎 先生のご紹介

東京大学名誉教授

1979年より製薬会社中央研究所、1987年より現在まで東京大学(農学生命科学研究科)、2016年から2020年まで早稲田大学にて研究されてきた。素朴な生物学の影を残した時代から、全生物のゲノム情報を含む生命科学の基礎と産業応用の飛躍の時代になった。本コラムでは大学や企業での経験も交えながら、専門分野のエピジェネティクスを含めた自由な展開をお願いしました。


第四十四回 昔とった杵柄

 しばらく前に自転車を購入し、久しぶりにハンドルを握った。懐かしい感覚がよみがえり難なく乗れた。最初に自転車に乗れるようになったのは小学校に上がる前だった。自転車や鉄棒の逆上がり、あるいはゲーム端末操作や楽器演奏など、一度出来るようになると、その後に長い期間休んでもスムーズにすすむ。神経系の能力による運動学習(Motor Learning)によるとされる。

 筋肉トレーニング経験者がしばらく休止した後に再びトレーニングを行う場合も、未経験者より速やかに元の筋力を回復できる。また、初回トレーニング時よりも再開トレーニングの方が、同レベルへの到達が速やかになる。これらも、しばらく前までは運動学習によるとされていた。

 1991年頃から筋記憶(Muscle Memory)や筋適応(Muscle Adaptation)という語が専門誌に現れ始めた。筋自体にもトレーニングの記憶が残ることが筋記憶の本質なのではないか?と提唱され始めたのだ。

 通常の細胞は核が1つだが、筋線維は多核という特徴がある。筋線維のもとになる筋幹細胞(satellite cell)も核を1つ有するが、筋線維となる際には筋幹細胞同士が融合して数百〜千もの多くの核を持った長い線維状になり肥大する。人の腰から脛骨へのびる縫工筋など、長い筋線維では核は数万にもなる。

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