第九回 睡眠3時間でも時間が足りない人生!

塩田先生コラム 第九回
塩田 邦郎 先生のご紹介

東京大学名誉教授

1979年より製薬会社中央研究所、1987年より現在まで東京大学(農学生命科学研究科)、2016年から2020年まで早稲田大学にて研究されてきた。素朴な生物学の影を残した時代から、全生物のゲノム情報を含む生命科学の基礎と産業応用の飛躍の時代になった。本コラムでは大学や企業での経験も交えながら、専門分野のエピジェネティクスを含めた自由な展開をお願いしました。


第九回 睡眠3時間でも時間が足りない人生!

 エピジェネティクス・シンポジウムに参加した際、友人のD. A. コーネル大学教授が「フィルと会って話してみないか?フィルは希少疾患に関心が深いし、彼と会うと良いかもしれない」と話しかけてきた。フィルとは、“リンカーンのDNAと遺伝学の冒険(岩波書店)、(ABAHAM LINCOLN’S DNA, The quest to save children with rare genetic disorders (Cold Spring Harbor Laboratory Press, 2000)の著者、フィリップ・R・レイリー (Philip R. Reilly)である。

 私たちは遺伝性の希少疾患が発症するメカニズムにはエピジェネティクス異常が関わっているのでは?と議論していた(脚注)。ゲノム解析による遺伝子診断は盛んになり疾患リストは増えて行くのだが、治療法が無い病気が圧倒的に多い。これらの中にはすぐには発症せず、成長に伴い、あるいは、成人になってから発症する遅発性の病気も含まれる。つまり遺伝子異常が発症するにはさらに別の要因が必要なはずだ。分解酵素の遺伝子が機能せず細胞内に老廃物が蓄積することで徐々に症状が現れる病気はあるのだが、多くの遅発性の病気では発症原因すら不明のままである。

 米国の歴史的な出来事であるリンカーン暗殺の遺品(治療にあたった医者のリンカーンの血液が付着したシャツなど)が「健康と医学国立博物館」に集められているという。レイリー博士の“リンカーンのDNAと遺伝学の冒険”では、リンカーンが“マルファン症候群”であったかについてDNA検査を行うか否かの議論を紹介し、他の数々の希少疾患について遺伝子変異と古くからの社会の関わりについて記している。他にも “病気を起こす遺伝子(東京化学同人, 2007年)(IS IT IN YOUR GENES? The influence of genes on common disorders and diseases that affect you and your family. Cold Spring Harbor Laboratory Press, 2004”や最近は“ORPHAN, The to save children with rare genetic disorders. Cold Spring Harbor Laboratory Press, 2015)”の著書もある。

 数年後に場所を指定されてレイリー博士に会ったのは、ボストンのサードロック・ベンチャー(Third Rock Venture:TRV)社内であった。伝統を感じさせる古いレンガ造りの100年以上経った建物で、地味な真鍮のThird Rockと書いたドアから一歩中に入ると洒落たオフィス空間が広がっており、受付で名前を告げるとレイリー博士が迎えてくれた。TRV社は2007年に設立されたベンチャーキャピタルで、難病を含む治療法の未だに無い疾患に対する医療の初期開発に豊富な資金と経営を提供している。

 彼は比較的小柄で私より数年歳上である。彼は「昔から3時間の睡眠で十分だけど、最近は時間が足りないね」と難病治療ベンチャー企業の難しさや最近の動きを静かに話し始めた。ミレニアム社(Millennium Pharmaceuticals)は1993年に創立されたベンチャー企業だったが、2008年に大手製薬会社により88億ドル(約9,000億円)で買収された。そして、TRV社の経営陣には元ミレニアム社の中心メンバーが名前を連ねている。つまり、TRV社には資金と有能な人材が流れこんでいるのである。

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