東京大学名誉教授
1979年より製薬会社中央研究所、1987年より現在まで東京大学(農学生命科学研究科)、2016年から2020年まで早稲田大学にて研究されてきた。素朴な生物学の影を残した時代から、全生物のゲノム情報を含む生命科学の基礎と産業応用の飛躍の時代になった。本コラムでは大学や企業での経験も交えながら、専門分野のエピジェネティクスを含めた自由な展開をお願いしました。
第三十二回 ヒストンのジョナサン
私は団塊世代の最終組に属している。小中学校の1クラスが50名を超しており、社会に出てからは満員電車にゆられていた。アンケート調査では多くの国民が中流階級と答え、大量消費時代の真っ只中に生きてきた。ヒストンは大量生産品の代表格でこの世代に似ていなくもない。ヒストン(H2A、H2B、H3、H4の4種類)は、147塩基対のDNAが各ヒストン2分子の8量体に巻き付いた、ヌクレソオーム構造をとっている(第30回コラム)。
ヒストンに巻きついていないヌクレオソーム間の短いDNA部分や、特別にヌクレオソームの存在しない配列、あるいは、プロタミンという他のタンパクに置き換わる雄性生殖細胞の例もあるから単純に計算することはできないのだが、約30億塩基というゲノムDNAを基に細胞あたりのヌクレオソーム数を、乱暴に計算すると約2千万個となる。その半分(1千万個)としても、約2千万の各ヒストン(H2A、H2B、H3、H4)分子が、細胞が新たに生まれる度に必要なことになる。
ヒストンはその強い塩基性のため細胞毒性も噂される扱いにくいタンパクで、細胞内でも無条件に歓迎される存在ではない。細胞内にフラフラと存在させるリスクは避けたい、ある意味では危険分子だ。そのためヒストンを備蓄することはせず、必要な時に直ちに供給できる生産体制を作り出したようだ。
設備投資を行わずに大量に製品を作るとすれば、生産機械の回転数・稼働率を上げるため不眠不休で作業員を動員というやり方もある。強力な転写因子によって1遺伝子から沢山のmRNAを生産することもあるのだろうが、生命は遺伝子コピー数を増やす方法でも量産体制を整えてきたようだ。