第三十四回 細胞とミトコンドリアのエピジェネティクス協定

東大名誉教授・塩田邦郎先生コラム「エピジェネティクスの交差点」
塩田 邦郎 先生のご紹介

東京大学名誉教授

1979年より製薬会社中央研究所、1987年より現在まで東京大学(農学生命科学研究科)、2016年から2020年まで早稲田大学にて研究されてきた。素朴な生物学の影を残した時代から、全生物のゲノム情報を含む生命科学の基礎と産業応用の飛躍の時代になった。本コラムでは大学や企業での経験も交えながら、専門分野のエピジェネティクスを含めた自由な展開をお願いしました。


第三十四回 細胞とミトコンドリアのエピジェネティクス協定

 環境先進国ドイツでは旧式火力発電所を最新型に切り換える計画が進行中だという。米国ではよりコントロールしやすい小型原子炉の発電所建設が始まっている。完全な脱炭素エネルギー社会への難しさが現れているようだ。

 エネルギーの確保は生命が誕生して以来の課題である。生命のエネルギー生産に直結する酸素濃度がきっかけとなり、とんでもない生き方を選択した(私たちの体を構成する)細胞が誕生したのは25〜19億年前のことだ。

 地球の大気に酸素をもたらしたのは生物の光合成の働きによる。古い細菌(シアノバクテリア)の祖先が、太陽光を利用し二酸化炭素からエネルギーを取り出し、酸素を放出し続けて地球環境を大きく変えたのだ。現在では多くの生物にとって有用な酸素だが、強力な酸化力から基本的には酸素は毒物である。高酸素下になり多くの生物(嫌気性バクテリアなど)は死滅したが、一部は地中や深海など低酸素環境で生き延びた。また、酸素を水素と反応させることでエネルギーを生産する新たな方法(酸素呼吸)の仕組みを得た生物(好気性バクテリア)も現れた。彼らは高酸素の地表や海面付近で生活し始めた。こうして地球は好気性・嫌気性バクテリアの共存の時代となった。

 とんでもない生物の出現はこのような環境が出揃ってからだ。好気性バクテリアが嫌気性細胞(真核細胞)に取り込まれ(あるいは侵入して)内部に住みつき、細胞内小器官ミトコンドリア(mitochondoria)になったのだ。ミトコンドリアは “強力な発電所”に例えられ、細胞エネルギー(アデノシン三リン酸:ATP)のほとんどを支えている。例えば、哺乳類細胞ではミトコンドリアの働きでグルコース1分子から32分子ものATPを取り出せるが、ミトコンドリア不在では2分子のATPしかできない。ミトコンドリアのおかげで細胞のエネルギー生産効率が15倍以上も向上したことになる。ミトコンドリアとっては(細胞質という)安定した生活環境を得たわけだ。

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