東京大学名誉教授
1979年より製薬会社中央研究所、1987年より現在まで東京大学(農学生命科学研究科)、2016年から2020年まで早稲田大学にて研究されてきた。素朴な生物学の影を残した時代から、全生物のゲノム情報を含む生命科学の基礎と産業応用の飛躍の時代になった。本コラムでは大学や企業での経験も交えながら、専門分野のエピジェネティクスを含めた自由な展開をお願いしました。
第五十五回 塩1トンには達しないまでも
「免疫や生殖の研究グループと共同でレトリートを計画している。そこで新メンバーに向けて、エピジェネティクスについて話してくれる?」と米国の友人が連絡してきた。そして「もしやってくれるなら、クリスマスカードは今後いっさい送らないようにするから」とも。
その年の夏休みにも米国の学会には参加するつもりだったし、予定していた学会の日程とは重ならない。少し遠くを見ながら自由に意見を述べるレトリート(第13回コラム)の雰囲気は好きだし、米国の若手ラボ・メンバーたちと話す機会は歓迎だ。さっそくレトリート参加の意向を伝えた。しかし、クリスマスカードは出さないからという一文を理解するのに数秒かかった。
察するに彼らもクリスマスカードを書くことに煩わしさがあるのだろう。年末にたくさんの年賀状を書くことと似た状況だ。私が出さなければ君も返す必要はない、ということだろう。その後、別件でそんな誘いが他の友人からも何度かあった。
前年の年賀状の束を前に、何十年も会っていない人、職場ですぐに会える人、などには書かなくても良いのではないか? しかし、こちらからはやめられない。冷戦時代の米ソのように一方的に軍縮はできないのだ。個人の感情や歴史が潜んでいる年末の長年の慣習だ。