東京大学名誉教授
1979年より製薬会社中央研究所、1987年より現在まで東京大学(農学生命科学研究科)、2016年から2020年まで早稲田大学にて研究されてきた。素朴な生物学の影を残した時代から、全生物のゲノム情報を含む生命科学の基礎と産業応用の飛躍の時代になった。本コラムでは大学や企業での経験も交えながら、専門分野のエピジェネティクスを含めた自由な展開をお願いしました。
第二十九回 甘いけど美味しい(4)ヒストン糖修飾の地下水脈
本年度、入学した学生たちはネット授業が主で従来型の大学生活は送れていないらしい。猛威を振るう新型コロナ感染の予防のためで、研究室でのセミナーや学会などの機会も大幅に減った。一方で従来型では見えなかった意外な世界も時として顔を出す。
約30年以上も昔のことだが、発足当時の細胞生化学研究室(小川智也教授、理化学研究所兼任)には様々な国の研究者が訪れ、学生・大学院生を対象にした1時間〜2時間のセミナーが頻繁に行われていた。初期胚マーカーや“がん”マーカーなどの糖鎖抗原の発見が相次ぎ、生物学、有機化学、生化学など基礎からがん内科など臨床まで様々な研究者が集う「糖鎖生物学」の場であった。
様々な複合糖質(glycoconjugates:糖脂質、糖タンパク質、プロテオグリカンなど)(注1)の生合成過程や機能の研究が紹介され、私も属した研究室の学生や大学院生に大いに刺激を与えた。セミナー後にはゲストスピーカーを囲み、ビールを片手にワイワイと参加者たちと会話した。研究の裏話や研究予算の動向など、欧米の研究事情を知る機会にもなっていた。
G. W. Hart博士らによる “O-GlcNAc糖タンパクが核膜成分に存在する”という話を聞いたのもその頃だったと思う。N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)がタンパク質のセリン残基あるいはスレオニン残基のOH基に結合した糖タンパク質が、核膜とくに核膜孔に存在する、というO-GlcNAc特異抗体(RL2)を利用した研究内容だった。30年後に同グループのSakabe博士らが、ヒストンO-GlcNAc化発見へとつながった事は記した(第28回コラム)。