第十回 性のエピジェネティクス

塩田先生コラム 第九回
塩田 邦郎 先生のご紹介

東京大学名誉教授

1979年より製薬会社中央研究所、1987年より現在まで東京大学(農学生命科学研究科)、2016年から2020年まで早稲田大学にて研究されてきた。素朴な生物学の影を残した時代から、全生物のゲノム情報を含む生命科学の基礎と産業応用の飛躍の時代になった。本コラムでは大学や企業での経験も交えながら、専門分野のエピジェネティクスを含めた自由な展開をお願いしました。


第十回 性のエピジェネティクス

 米国で獣医学希望の女子学生が増え始めた2〜30年ほど前、オハイオ大学のL教授が「大変ですよ!オハイオ大学の男子トイレが壊され、女子トイレに変わっている」と、男子学生の成績の悪さを嘆きつつ「これってすごい屈辱だ!」と流暢な日本語で話していた笑顔を思い出す。

 日本である私立医大の入試判定に端を発し、女子学生への不利な取り扱いが問題になった時、ある大学の入試担当者は「女子学生は男子学生に比べて面接で優れている。男子不利の状況を考えての措置だった」と、にわかには理解しがたい説明があったが、L教授風に「我が校には女子トイレの数が少なく対応できない!女子トイレを増やすために男子トイレを減らすことは男子教官・学生の心の不安をあおる」とでも弁明したほうが説得力があったのではないか?

 生物を見渡すと性決定のメカニズムや性表現が多岐にわたっていることに驚かされる。魚類の中には生涯を通して雌雄同体である種や、途中で性転換を行う種も知られている。性の決定は確たるものではなく、むしろ環境の影響で変化しうる融通性が備わっているのが普通であるように思える。性決定は、動物間(昆虫、魚類、鳥類、両生類、爬虫類、哺乳類)でその方法が異なっていることから、進化上は新しい出来事である。

 哺乳類の性の決定は、性染色体(X染色体、Y染色体)の組み合わせによって決まる。卵子は常にX染色体を、精子はX染色体かY染色体のいずれかを持っている。受精時にX-XあるいはX−Yの組み合わせができると、それぞれメスになるか、オスになるかの将来の性が予定されるのである。精巣が出来上がるための発生スイッチSry遺伝子(sex-determining region Y)(ヒトではSRY)が、Y染色体にのみ存在するからである。Sry遺伝子が無い場合(X-X)、性腺(卵巣あるいは精巣)は卵巣になる。X染色体は小さく貧弱であるのだが、Sry遺伝子は性決定の際の最初の立役者なのである。Y染色体の有無が性を決めることになるので、哺乳類は遺伝性であるとされる。

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